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高松高等裁判所 昭和39年(う)23号 判決 1965年4月21日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴してある弁護人阿久根幸吉作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点の(1)について。

論旨は、原判示第二の(2)ないし(4)の各事実につき事実誤認を主張し、右判示の各株券は、名義書換のために預り保管していたものではなく、各顧客から信用取引のための保証金代用証券として差入れを受けていたものである。というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠を綜合すれば、被告人は、中島証券株式会社の代表取締役として、右各株券を、原判示のように、名義書換等のため預り保管していたものであることが認められ、記録を精査しても右認定を左右するほどの証拠がないから、原判決の右認定に誤認はない。(なお、仮りに所論のとおりであつたとしても、本件が業務上横領罪を構成することは後述するところにより明らかである。)論旨は理由がない。

控訴趣意第一点の(2)について。

論旨は、要するに、原判示第二の各事実につき事実誤認を主張し、被告人は、原判示のように、各株券を他に売却又は現引株として交付したけれども、同銘柄数量の株券を買戻して返還する意思を持つていたのであつて、不法に領得する意思はなかつた、というのである。

よつて按ずるに、不法領得の意思とは、権利者を排除して、他人の物を自己の所有物と同様にそのものとして利用し、又は処分する意思をいうのであるから、被告人が、原判示のように、会社の経営資金に窮した結果、顧客より預り保管していた株券を勝手に他に売却又は現引株として交付した以上、たとえ後日同銘柄同数量の株券を買戻して返還する意思であつたとしても、(それは被害弁償の意思に過ぎない)すなわち不法領得の意思があつたものというべきである。のみならず、原判決が説示する如く、関係証拠によると、被告人はいわゆる自転車操業的に本件各株券を処分したものであることが認められるから、被告人に不法領得の意思があつたことはいつそう明らかであつて、原判決がこの点に関する原審弁護人の主張を排斥したのは相当であり、原判決には所論のような誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

論旨は、要するに、原判示第二の各事実につき事実誤認を主張し、保証金代用証券の授受は消費寄託と解すべきであるのみならず、被告人は、各顧客より証券取引法五一条に定める同意書のほか信用取引約諾書を徴していたのであるから、原判示各株券を処分する正当の権限があつたものというべきであつて、これを他に売却又は現引株として交付しても、横領罪を構成することはない、というのである。

よつて按ずるに、原判示第二の(2)ないし(4)判示の各株券は、先きに認定したとおり、被告人が顧客より名義書換等のため預り保管していたものであるから、被告人が原判示のようにこれを勝手に他に売却又は現引株として交付した以上、委託の趣旨に反し、その所為が業務上横領罪を構成することは明らかである。そこで、所論の指摘する被告人が保証金代用証券を預り保管中売却した原判示第二の(1)の所為が横領罪を構成するか否かについて審按する。思うに、保証金代用証券は、証券業者が顧客の委託に基き有価証券市場における信用取引(売買取引の委託の媒介、取次、代理を含む)をなすに当り、その取引の代金債権又は取引により生じる損害金請求権を担保するため保証金の代用として預託されるものであるから、右預託は根担保質権の設定であると解すべきであつて、顧客の大衆性に鑑み顧客の利益を保護するため証券業者を規制する趣旨で制定されたとみられる証券取引法五一条一項二項の法意に徴しても、右預託を消費寄託であると解しうる余地はない。又所論の信用取引約諾書にしても、その条項を前後関連させて通読すれば、顧客はその代用証券を証券業者において売却することの同意までは与えていないことが明らかである。さすれば、被告人が、原判示のように、会社の経営資金に窮した結果、顧客より代用証券として預つた原判示の各株券を勝手に売却するが如きは、委託の本旨に背く権限外の行為に属し、その行為は業務上横領罪を構成するものというべきである。この点に関する原審弁護人の主張に対する原判決の判断は、明確を欠く嫌いがあるが、原判決が右主張を排斥したのは結局相当であつて、原判決には所論のような誤認はない。なお、所論は、代用証券の預託が消費寄託であるとの前提の下に原判示第三ないし第五の各事実につき詐欺罪を構成しない旨主張しているものの如くであるが、その主張が失当であることは右により自ら明らかである。論旨は理由がない。(加藤謙二 木原繁秀 加藤龍雄)

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